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167 元老院の結論

last update Last Updated: 2025-10-28 17:00:02

「菜乃花くんがあの場で、誰もが触れなかった問題を口にした」

 生田の言葉に、栄太郎が苦笑する。

「ある意味、誰もがそう思ったのではないですか」

 そう聞かれ、皆がうなずく。

「つぐみくんにあおいくん、菜乃花くんに明日香くん。あの子たちは直希くんのことを愛し、その想いをずっと育んでいた」

「じゃが……ほっほっほ、行動には起こせなかった。なぜならそれは、自分たちにとって居心地のいい場所の空気を壊すことになるからの」

「あら西村さん、たまにはまともなことを言うじゃないですか」

「ほっほっほ」

「でも確かに……そうですね、その通りなんだと思います。彼女たちにとって、あおい荘は本当に楽しい場所なんだと思います。その大切な場所を、自分の気持ちを出すことで失いたくない……そう思っても仕方ないと思います」

「山下さん。あおい荘の空気を壊したくない、その一点においては私も同意見です」

 栄太郎の言葉に、山下が複雑な笑みを浮かべた。

「そしてそれは、直希にとっても同じだったと思います。直希はその……鈍感なところはありますが、それでも彼女たちの気持ち、気付いてない訳ではなかった。あおいちゃん以外、ですけどね」

「だが……あおいくんが帰ってきた時、二人の間には、今までなかった絆のようなものが生まれていた」

「そうなんだと思います。私はその場にいなかったが、菜乃花ちゃんの取った行動を思えば、容易に想像出来る」

「少なくとも、二人はまだ契ってないさね」

「せ、節子先生……少し表現が」

「いいさね、これぐらいは。我々は童〈わらし〉でも生娘〈きむすめ〉でもないさね」

「それは……そうなのですが」

「あの二人はまだ契っていない。でも何かがあった」

「皆が感じていた。だがあの時は、それよりもあおいくんが戻ってきたこ

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